・覚醒直後くらい~手術

(イメージ図)
目が覚めたら知らない天井で、鼻から管が繋がっていた。
ここが病院であることはかろうじて察しがついたけど、今の西暦も季節すら分からない。俺は自分の年齢を今の西暦から生まれた年を引いて計算することが多いので、自分の年齢すら正答できなかった。2024年の秋で28歳と答えた(実際は2023年の夏、27歳)。
少しして母が来て、「生きてるね、4日意識なかったんだよ」と。その時は大袈裟なように感じたが意識のはっきりした今考えると全く大袈裟ではない(母か姉か姪が4日意識なかったら気が気じゃない、多分飯もまともに喉を通らない)。また、倒れた記憶もないので4日意識なかったと聞いても今の日にちの想像ができない。

医者か看護師か記憶にないが、軽く説明があった。自宅でてんかんを起こして倒れ、脳に腫瘍があるのでそれを取る手術が必要らしい。
頭を開いて腫瘍を取るなんて怖すぎる。それで死ぬだろ普通。去年逝った父さんも病気がちだったなだとか、色々思い返してメソメソしている内に2日が過ぎた。

何度か検査があり、医者からもう少し詳しい説明があった。
神経膠腫(しんけいこうしゅ)」らしい。そう言われてもというところだろうが、俺もよく分からない。頭も重く説明が半分しか入ってこなかったが、何かしら患っていたことと、やはり手術が必要なことは分かった。
手術の失敗率を聞くと「諸々込みで2%程度」のように言われた。死ぬ死なないのワードは出されず(意図的な気もするが)、恐らく滅多に大事は起きない手術なんだろうと好意的に想像した。最後まで死亡率については聞かなかった。

救急病棟から一般病棟に写され、創作で描写されるような分かりやすい入院生活に移行した。
右手が強く痺れており力が入らず、足腰も弱って一人で立つこともできない。トイレに行くにも棚の割り箸を取ってもらうのも助けてもらわなければならない。あまりにも突然生活が変わってしまって受け入れるのに時間がかかった。

リハビリ(手・足・思考)、検査、飯の繰り返しで一日しんどかった。足と思考は楽だったが手のリハビリはちょっと痛く疲れる。合間の飯も食欲の進むものではなく、本当は食べる体力も惜しんで寝たいところだった。

手術の不安に駆られながらもリハビリを続け、少しずつ体の調子も戻ってきた。しかし手術後一日休むことを考えるとまた少しリハビリやり直しかもなどと言われると気が落ちるような、しかし手術後のことを言われると「俺には手術後があるんだな」と前向きになるような。

いつもTwitterのリプライを見返していた。一つ一つどれだけ嬉しかったか。「こんだけ応援してくれてんだからなんとかなるか」と、だから実は手術前の不安はそこまで大きくはなかった。

・手術~手術後
麻酔で眠らされ、自分のゲロの温かさで目が覚めた。吐く人もいると手術前に言われていたが・・・みたいな話を広げても汚くなるだけなので略。

手術後がとても辛かった。手術前の比ではない。一日中頭が痛い。頭痛に関しても手術前に言われていたが、覚悟していても痛いものは痛い。痛み止めか冷却材がなければ気休めもできない。
これは病院側にもうちょっと気を配ってほしかったが、頭が激痛なのに同室に一日中イビキをかいているオッサンがいてとても眠れる状態ではなかった。手術後二日合わせて三時間も眠れなかった。部屋を変えてもらったが、これがあと二日続いたら違う病気になるところだった。
脳の手術をするとその切除した部分近くが腫れるらしい。偏頭痛に似たガンガン来る頭の痛みと、腫れによる物理的な?痛みが一週間近く続いた。

頭痛が良くなるとまたリハビリと飯の繰り返し。頭痛さえ治まれば生活上の不便は大分消え、そのうち一人で歩行もできるようになり動ける範囲がかなり広くなった。とはいえ暇つぶしに外に出るようなことは勿論できず、退院したら書こうと思っていたブログをポチポチ書くくらいしかやることがない。

やっぱり生活を制限されるのは嫌だな。当たり前だけど。書いてる時点でもう1か月近く外に出ていない訳で、俺は一日外に出ないだけでもちょっとフラストレーションが溜まるのにもう鬱憤が溜まって仕方ない。特に理由もないのに廊下に出て窓から外を眺めたりしてる。

・その後など
とりあえず退院した。もうちょっと解放感やらがあるかと思ったが、入院から退院まで俺の意志が介在したようなことが少なく、長かったようなあっという間だったような、とんとん拍子という副詞も適切でないような、変な夢でも見てたみたいだ。

「手術して切除したから終わり」みたいな病気ではなく、どうやら現代医療では完治が難しい病気らしい。ちょっと長い付き合いになりそう。
そして、てんかんの度脳の機能が落ちるらしい。(言うのは野暮だが)俺にはそれくらいしかないのに。
まだ右腕・手の指も障害残ってるし、不安なことだらけだ。腕の障害が良くなって、脳の方の進行も化学療法で良い感じに収まってくれたら万事OKなんだけど、前者はともかく後者は祈るしかないな。
最近は落ちた体力を戻すために毎日1時間近くウォーキングしています。あと体重も4kgくらい落ちちゃって、元々痩せすぎなくらいなのにちょっと不安を感じるレベルにまで落ちてしまった。気持ち多めに食べてるけど体重の方は戻るの時間かかりそうだなあ。


かない2回もありがとう 水は飲みました
「そして、バトンは渡された」まあまあ面白かった。あらすじ見ずに小説読むこと無いから合わなかったらどうしようかと思ったけど、シンプルなストーリーで読みやすかった
ひろゆきの本はゆっくり読みます・・・。

 
マンありがとう 机の上に置いてたら看護師とか療法士がよく話振ってくれた


高校の友達ありがとう(見てるはずないけど)

他にも見舞い来てくれたひぐっちゃんと誰か(受付で帰しちゃったらしく名前も分からない)ありがとう・・・。あと何送ってほしいか個別で聞いてくれた何人かも、食欲無い+何欲しいか分からないで上手に甘えられなかったけど、ありがとう


普段は絶対やらないけど今回は本当にしんどかったので乞食リストです
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