ああ

京都、離れてしまうんだなあ。こんなに離れたくないものになるとは、5,6年前は思いもしなかった。京都の悪い面と言うと大体京都人の人間性が挙げられる(適当なネットでは)が、そこら辺を最後まであまり感じなかったのは良いのか悪いのか、良い印象で終われたのはまあ良いんだろうか。

そして、いよいよ俺は大学を卒業したんだなあという思い。俺は卒業あたりの変遷が変則的というか、6年目で卒業せず休学と同時に京都市京都市で引っ越して、1年で大した変化も無く、復学して今年卒業をした。だから去年から今現在は半大学生半ニートが100%ニートになっただけである。卒業しないまま環境を変えて、卒業する時には環境を変えなかった。卒業式には出たけども思ってたよりの余韻が無かったような気がしたが、引っ越し前日の今更中々の質量で襲ってきている。高2からは受験モードだったから、都合9年間ほどは人生の隣に京都大学があったんだが、ここで一旦関係が切れたんだな。

18~25歳を過ごすと京都も俺には第二の故郷、どころかアクティブな時期を過ごしたお陰で札幌より京都の方が遥かに詳しい(札幌は狸小路と実家の区以外案内できないが、京都はどこ行くにも大体案内できる)。ああ、しかし俺は働くのも苦手だしメンタルも強い方じゃないから、一人暮らしで働くのはかなり厳しそうではあるという判断での帰省であり、きっと正解なんだけども、それでも悲しい。大学入学時はそこまで思わなかった気がするが、それはまあ前向きと後ろ向きの違いのせいだろう。

数年に1度か、2週間くらいでもまた滞在しに来たいけども、それって普通に働いていたら叶わなそうな気がする(普通に働くことをあまり望んでいないから良いっちゃ良いんだけども)。嵐山も伏見稲荷も、金閣銀閣もまた何回でも行きたい。極鶏(世界一旨いラーメン)も和菓子も食べたい時に食べたい。何十回も行ったはずなのに。そういうことをモチベーションにするなら俺は働けるだろうか・・・。

そろそろ人生と、そこそこは向き合わなきゃいけない。肘をついて寝ながら向き合うくらいで生きたいが、目を背けて全力で逃げていられるのはもうそう長くない。俺は本当に働きたくないし、そうして親に迷惑をかけてもいいと思っているが(罪悪感自体はあるが死ぬまで親に依存しても恥ではないという感覚がある)、好きなものにくらい金をかけられるようになっていたい気も少しする。俺は働いてもウマ娘に毎月何十万も入れたりしない気がするが、7000円で大量特典のBDくらいは躊躇わず買えるようになっててもいいなあ。2年に1度15万くらいで京都に旅行に来たいとして、俺の非社会性を込みにしてもそれはそう難しい目標じゃないだろう、多分・・・。

明日も早くから色々やることがあるのに、今日は眠れる気がしない。

おわり